株式会社ファイブスターズ アカデミー

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5☆s 講師ブログ

無邪気な博士が世界を救う(1)

その夜、シルバーのホンダ・シビックは、週末を過ごす予定のアンダーソン渓谷に向けて、ハイウェイをひた走っていました。 トチノキの花の香りを乗せた乾いた風が吹く、5月のカリフォルニア。 暗闇の中に、ヘッドライトに照らされた道路沿いの木々が次々と浮かび上がりますが、夢想に時を委ねるドライバーの目には全く別のものが映っていました。 それは、DNAがほどかれていく様子です。 彼の頭の中は、DNAの暗号をどうやって解読するかでいっぱいでした。 すると突然、あるアイデアが舞い降りてきます。 慌ててカーブの路肩に車を停車させますが、助手席の恋人であり職場の同僚でもあるジェニファーは相変わら…

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争いを好まない日本人(2)

カーチス・エマーソン・ルメイは太平洋戦争末期、連合国軍の爆撃司令官として1945年3月10日の東京大空襲を指揮した人物です。 東京大空襲の死者数は10万人以上とされていますが、ここでも正確な数はわかっていません。 ルメイが爆撃したのは東京だけではありませんでした。 大阪や名古屋、富山や郡山への空爆も彼の指揮によるものです。 当時の日本人は「鬼畜ルメイ」とか「皆殺しのルメイ」と言って彼を憎みましたが、この大量殺戮作戦が実行された背景には、アメリカ軍内部の複雑な勢力争いが関係していました。 後に「アメリカ空軍の父」と呼ばれることとなる、陸軍航空軍司令官ヘンリー・ハーレー・"ハップ…

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争いを好まない日本人(1)

約1万年に及ぶ縄文時代の遺跡からは、不思議なことに集団的な戦闘の武器類がひとつも見つかっていないそうです。 これは、人類の歴史において極めて珍しいこと。 日本に住んでいた私たちのご先祖様は、争いを好まなかったようです。 江戸末期に、福沢諭吉が「コンペティション」の日本語訳を依頼され、「競争」と訳したところ幕府から叱られたというエピソードが残っています。 幕府の解釈では、「争い」という言葉が良くないというのです。 本当に争いが嫌いなお国柄だったのですね。 こんな興味深い話を紹介してくれるのは、元国土交通省技監で国土学総合研究所所長の大石久和。 大石は、この「争いを好まない」…

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作り笑顔の効用(2)

笑顔が大事なことはわかっていても、多忙で余裕がなかったり、目標の進捗状況が思わしくなかったら、管理職も笑ってはいられませんよね。 気持ちはわかりますが、実はそこが運命の分かれ目です。 産経新聞系列の日本工業新聞(現サンケイビジネスアイ)で30年も取材に飛び回り、大阪経済部長まで勤めた竹原信夫は「日本の景気を悪くしているのは新聞ではないか」という疑問を抱きます。 「これから景気はよくなる」という記事を書くと、なぜかその新聞の売れ行きは思わしくありません。 反対に「景気は悪くなる」と書くと、飛ぶように売れるのです。 こうなると、新聞社としては勢い暗い記事ばかり書かざるを得えなくな…

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作り笑顔の効用(1)

なんだか職場が暗いよね。 みんなギスギスしてない? 雰囲気がもっと明るくなれば仕事も楽しくなるのにね。 まぁ、忙しいから仕方ないか。 そんな風に感じたことはありませんか。 なぜ職場が暗いのか? 今日はその原因を探ってみましょう。 生理心理学者のティンバーグは、こんな実験をしました。 大学生を集めて、テレビのモニターを見てもらうのですが、その前に被験者の顔に電線を何本か貼り付けておきます。 この電線は電位を計測する機器に繋がっていて、各人の表情筋の電位変化が時間の経過とともに自動的に記録されるようになっています。 さて、いよいよ実験開始。 モニター画面には、いろ…

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翡翠探し

いつの頃からか、若者たちが「自分らしく」ありたいと主張し始めるようになりました。 就活の場面では、それが最も重要な判断要素となるようで、「自分らしく」あり続けることが難しいと感じた会社は、どんなに給料が高くても選択肢から外されてしまいます。 でも、不思議なことに「自分らしく」とは具体的にどういうことか尋ねても、明確な答えは返ってきません。 では、「自分」に何ができるのかと聞いても、やはり答えは返ってきません。 それでも、若者たちは「自分らしく」ありたいと願うのです。 それなら、「自分」と「他人」はどう違うのか、「自分」に出来て「他人」に出来ないことは何なのか聞いても、答えは決…

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世間的には「偉人」でも(2)

森鴎外は、絶対に自分の誤りを認めなかったため多くの犠牲者を出したという点で、野口英世よりも悪質です。 明治の日本陸軍は、脚気に悩まされていました。 脚気は、今でこそヴィタミンB1の欠乏により起こることが広く知られていますが、当時は原因不明の難病として兵士たちに恐れられていました。 来日したドイツ人医師のベルツは、細菌が原因ではないかと主張します。 ベルツが、後の東大医学部となる東京医学校で指導していたこともあり、この「脚気細菌説」はエリート集団である東京帝国大学医学部出身者を中心に、長く信じられることになります。 思えばこれが不幸の始まりでした。 現在の東大医学部を史上…

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世間的には「偉人」でも(1)

野口英世と言えば、お札にも印刷されるくらいですから、世間では偉大な科学者と思われていますが、その実体はまったく違います。 野口が在籍したロックフェラー大学に留学した、福岡伸一の著書で私は真実を知りました。 最初に福岡が不思議に思ったのは、野口に関する記録が大学にほとんど残されていないことでした。 それはあたかも、かつて野口が在籍していた事実を隠すかのように。 その謎は、2004年の大学定期刊行広報誌を見つけたことで解き明かされます。 そこでは、野口はこんな風に紹介されていました。 「梅毒、ポリオ、狂犬病、黄熱病と言った野口英世の研究のほとんどは間違いであった」 な…

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か弱き開拓者

強い潮風が吹き付ける海岸に、砂防用の松が植えられているのをよく見かけます。 松は、厳しい自然環境下でも生き抜くたくましい木で、荒廃した高山などに最初に進出していく「開拓者」でもあります。 ところが、次第に松が群生するようになり、下草が生い茂って森が豊かになると、今度は椎や樫などの照葉樹が台頭し始めます。 すると、松は照葉樹との生存競争に負けてしまい、より険しい高地を目指すしかなくなるのだそうです。 つまり、松が厳しい環境に進出する理由は、他者との競争がない不毛の土地でなければ生きていけないからです。 開拓者が荒れた土地に挑むのは、肥沃な土地では他者との競争に負けてしまうからだ…

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「切れ者」津田永忠(3)

番頭(ばんがしら)に抜擢され、藩士たちの羨望の的となった永忠でしたが、その翌月に早くも事態は急変してしまいます。 あれほど絶賛していた綱政が、まるで手の平を返したように辛く当たり始めたのです。 一体どうしたというのでしょう。 実は、永忠に嫉妬の念を抱いた重臣が、あることないこと綱政に告げ口していました。 無能な上司が気をつけなければならないのは、このような「ご注進」に及ぶ部下の存在です。 多くの場合、彼らの主たる仕事は上司の「ご機嫌取り」と「ご注進」です。 いや、有能な上司も例外ではありません。 豊臣秀吉の家来に、曽呂利新左衛門というお伽衆がいました。 ある時、秀吉から…

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