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5☆s 講師ブログ

自分の意志で失業?

経済学ほど、浮き世離れした学問はないかもしれません。
それを分かりやすく説明するために、まずは物理学との対比から始めましょう。

【質問】鉛筆を手から離すと下に落ちますが、なぜ落ちるのでしょうか?

A重力の影響で落ちる

B鉛筆自身の意思で落ちる

この問題で、もしBと答える物理学の教授がいたら、確実に大学をクビになりますよね。
では、いよいよ経済学の問題。

【質問】なぜ失業者が生まれるのでしょうか?

A不況のため働きたくても雇ってくれる会社がないため

B金利が低く働いて得たお金を貯蓄しても得られる金利収入が少ないので、自らの意思で働かないことを決めたため

ビジネスパーソンでBを選ぶ人はいないと思いますが、大学の経済学者の中には、結構な割合でBと回答する人がいるそうです。
つまり、失業者というのは全員自分の意思で、「自発的」に失業しているという考え方です。
馬鹿にしてはいけません。
この理論で、2004年にノーベル経済学賞を貰った学者もいるのですから。
ノーベル賞というのは、本当に玉石混交ですよね。

これは「実物的景気循環論(RBC=リアル・ビジネス・サイクル)」というれっきとした経済理論で、マネーサプライや物価が景気循環に影響を与えることは一切なく、景気循環を引き起こすのは生産技術や財政政策などの実物的要因だけであるという理論です。

元日銀副総裁の岩田規久男は自身が大学教授だった頃、恥ずかしくてこの理論を学生に紹介することができなかったと、『なぜデフレを放置してはいけないか』の中で回想しています。
さらに、こんな思考実験もしています。

RBC理論を信じている大学の経済学教授が、パワハラなどの理由で大学を解雇され、どこの大学も研究所もシンクタンクも雇ってくれなかったとしたら、「私は自発的に失業しているんだ」と言うだろうかと。

さすがにRBC論者は多数派ではありませんが、この理論で言う「生産技術」という変数を重要視する学者は大勢います。
そのこと自体はもちろん間違いではありませんが、厄介なのは「不況こそイノベーションが生まれる絶好のチャンス」という極端な考え方が、時としてカッコ良く見えてしまうことです。

その代表選手がシュンペーターで、彼の唱えた「創造的破壊」というキャッチ・フレーズは、勇気をもらえる言葉としてデフレ不況期の日本で持て囃されました。
そして、一発当てた勝ち組のベンチャー企業の経営者の中には、この「創造的破壊」論の信者が多いのもまた事実。
不況期には、それまで既得権益にあぐらをかいていた伝統的な企業が次々と清算されるため、新進気鋭のベンチャー企業がのし上がる絶好のチャンスである。

一見、魅力的に聞こえるこの理論は、RBC論者にも人気があります。
でも、実際のところ「不況期にこそイノベーションが起こる」というのは事実でしょうか。
これも岩田は検証しています。

日本のバブル期と、その後のデフレ不況期を比較してみましょう。
バブル期は開業率が高く、廃業率は低いのですが、バブル崩壊と同時に状況は逆転します。
開業率は急低下し、廃業率は高くなるのです。
まぁ、当たり前と言えば当たり前ですよね。
シュンペーターの理論によれば、不況期には必ずイノベーションが起こり、古い企業が退場を余儀なくされる一方で、次々と新しいベンチャー企業が誕生するはずなのですが、開業率は1988年をピークに、その後26年間も低迷し続けています。
シュンペーターの唱えるイノベーションは、一体いつになったら起こるのでしょうか。

でも、冷静になって考えると、不況で人々の発想が縮こまっているときに、ベンチャー企業にバンバン投資しようと思う投資家は一体どれくらいいるのでしょう。
投資が盛んに行われるのは不況期ではなく、好況期の方ではないでしょうか。
特に日本の場合は、デフレで物価がどんどん下がっていたわけですから、成功するかどうかわからない投資にお金を回すよりも、預貯金や現金で持っていた方が絶対に有利だという理屈は子供でもわかりますよね。

まずは、景気をよくすることが先決ではないのか。
そう考えたのが、シュンペーターと同じ年に生まれたJ・M・ケインズでした。
ケインズは、不況期には企業倒産やリストラにより、就職したくてもできない「非」自発的失業者が増えてしまうので、政府が有効需要を拡大させる経済政策を打たなければならないと主張しました。

どちらが正しいかは、ビジネスの世界にいる人間には自明の理ですが、学術の世界ではいまだに論争が続いているというのですから、本当に不思議な世界です。
経済学という学問は、世の中の役に立っているのでしょうか。
どんなに浮き世離れしたトンデモ経済理論でも、言論の自由が保証されている限り持論を主張することは許されます。
でもそれは、経済学ではなく宗教学の土俵でやるべきではないでしょうか。

トンデモ経済学者は、全員一度失業してみたらいいのではないか、と私は思っています。
失業がどれほど痛みを伴うものなのか、一度自ら経験してみるべきです。
大学という雇用が守られた特殊な環境の中にいて、「失業者は自発的に失業している」などと軽々しく口にしてはいけません。

経済学者は、責任がなさすぎます。
アベノミクスが登場し、日銀が思い切ったマネーサプライの供給に踏み切った時、この政策は大失敗すると口汚く罵った浜矩子や小幡績は、予想が180度はずれた今でも、まるで何事もなかったかのように大学教員を続けています。
2014年4月に消費税率を5%から8%にアップした時も、「増税による経済への影響はない」などとトンデモ予想をしたポンコツ経済学者はゴマンといました。

経済学者ほど、お気楽で責任を伴わない商売は他にないのではないでしょうか。

なぜ、私が経済学者をこれほど厳しく批判するのかというと、全ての学問の中で、経済学が最も重要な学問だと考えるからです。
経済学は、医学よりも、遥かに多くの人の人生や命に関わっています。
昭和という時代は、軍部の判断ミスにより多くの人が人生を狂わされたり、命を奪われたりしました。
次の平成の時代は、日銀の判断ミスにより多くの人が人生を狂わされたり、自ら命を断たざるを得ない状況に追い込まれました。

戦争のない時代においては、経済学の責任は極めて重大です。
経済に関わる者が、「戦犯」になる可性が極めて高いのです。

もしかしたら、令和の時代のA級戦犯は財務省になるかもしれません。

すべての経済学者は、自らの主張に責任を持つべきです。
命を懸けろとは言いませんが、少なくとも職を懸ける覚悟は持つべきです。

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