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5☆s 講師ブログ

「ありがとう」の反対語(3)

金次郎の7代目の孫にあたる中桐万里子の祖母が言うには、金次郎の銅像で重要なのは本を読みながら一歩足を踏み出しているところなのだそうです。
本を読むことは確かに大事なことですが、どんな状況でも行動することを忘れてはいけないというメッセージだと言うのです。

二宮金次郎というと、どうしても道徳論者とか精神論者といったイメージを持ってしまいますが、最優先に考えていたのは現実でした。
つまり、経済的に豊かになることです。
豊かになるためには一歩足を踏み出すこと、すなわち行動しなければなりません。
こんな金次郎の言葉が残されています。

「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」

現代で言うなら、差し詰め前者はブラック企業の経営者、後者はワイドショーのコメンテーターというところでしょうか。
この「道徳と経済の両立」こそが、600以上の農村を復興させた金次郎の根本を成す思想です。

ところで、後世に語り継がれるエピソードには、往々にして間違っているものが多いもの。
中桐によると、叔父の万兵衛が金次郎に勉強するなと命じたのは、学問に理解がなかったからではないそうです。

なまじ学問を齧ったために、村人にいいように利用された弟のことを思い出し、金次郎が二の舞になるのを恐れたからだと言うのです。
また、金次郎は一度離婚を経験していますが、最初の妻も世間に伝わるような悪妻ではなかったと中桐は推測します。

生まれた赤ちゃんはわずか生後15日で亡くなってしまいますが、その頃仕事で多忙を極めていた金次郎には、妻を思いやるだけの余裕がありませんでした。
そのことが原因で、妻が家を離れてしまったのではないかというのです。

その反省からか、再婚後の金次郎は大変な子煩悩ぶりを発揮しています。
おそらく、ワーク・ライフ・バランスの大切さに気づいたのでしょう。

聖人君子だと思っていた金次郎が、なんだかとても身近な人間に思えてきませんか。
金次郎の教えは「報徳思想」と呼ばれるものですが、「報徳」という言葉も誤解されることが多い言葉です。

一般に、「報徳」は「頑張れば報われる」、つまり“give and take”と思われがちですが、金次郎の考えは全く逆で“take and give”だと中桐は言います。

そもそも、“give and take”は「見返り」を求める発想。
そうではなくて、私たちはすでに自然や周囲の人から多くの恩恵を受けていると金次郎は言います。
荒地を開墾するには大変な労力を要しますが、金次郎は「荒地にも徳がある」と考えていました。
たとえ荒地であろうとも、私たちはすでに自然から十分“take”しているというのです。

報徳というのは、頑張れば報われるという教えではなく、私たちはもうすでに十分に徳を受けているという事実に気づくこと、その徳に感謝することです。
成田山新勝寺で悟ったのは、まさにこのことでした。
これに気づいたからこそ、600もの農村を復興させることができたのです。

ビジネスでも、いくら頑張っても成果が出ないことは多々あります。
私たちは、頑張った時にはその分の見返りが欲しいと思います。
成果が欲しいと思います。
でも、頑張ったからといって、必ずしも成果が得られるわけではありません。

成果が得られないとがっかりします。
恨み言のひとつも言いたくなります。
誰かのせいにしたくなります。

でも、それは間違いです。
金次郎の子孫の中桐万里子はこんな問いかけをしています。

「『ありがとう』の反対語は何ですか?」

この答えは人によって様々です。
「クソッ!」という言葉だと言う人もいます。
「すみません」という言葉だと言う人もいます。
もちろん正解はひとつではないのでしょうが、中桐はある人の言った答えが忘れられないと言います。

それは「当たり前」です。

「ありがたい」は「有り難い」と書きます。
「有る」ことが奇跡のように難しいことだから「有り難い」と書くのです。
一方、「有り難い」ことではない、つまり有ることが珍しくはないことは「当たり前」と言います。

私たちは、電気やガス、水道が使えることは「当たり前」だと思っています。
スマホが使えるのも、バスや電車が時間通り来るのも、スーパーやコンビニに商品が並んでいるのも全て「当たり前」。
大きな災害が起きた時以外は、「有り難い」と思うことはまずありません。

でも、私たちの日常というのは、目に見えないところで多くの人の頑張りによって支えられているのです。
奇跡とまでは言いませんが、本当は実に「有り難い」ことなのです。
「報徳思想」というと難しく聞こえますが、簡単に言うと何に対しても「ありがとう」の気持ちをもって接することです。
薪を背負って読書をしなくても、「ありがとう」の心さえあれば、金次郎の教えの一端を受け継いだことになります。

振り返ってみると、コロナのせいでいがみ合うことの多かった日々が続きました。
テレビでは、必ず誰かが誰かを罵っていました。

まさに、金次郎が生きていた時代、つまり人々の心が荒廃していた時代と同じです。
冷静さを取り戻しつつある今こそ、「ありがとう」の心をもって、道徳と経済の両方の回復を図りたいものですね。

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