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5☆s 講師ブログ

こころのうしろ側(1)

山本七平の著書『あたりまえの研究』の冒頭で、3つのエピソードが紹介されています。
最初は、菊池誠が『こころのうしろ側』という題名で雑誌に寄稿した随想の一節です。

ホノルルから飛び立った飛行機の中で、菊池は隣に座ったアメリカ人の老婆から、宗教は何かという質問を受けます。
「父は浄土真宗という宗教を持っていたけれど、私はどんな宗教にもそれほど深くかかわらない」と答えると、相手は猛然と噛みついてきました。
「宗教がなくて、いったいどうやって子供を育てるのか?」

菊池も怯まず反論します。
「子供は、宗教がなくても立派に育てられると思いますよ。まごころ誠実さといったものは、宗教だけにしかないとは私は思っていないのです」
しかし、相手は一歩も譲らず、2人の会話は完全な平行線を辿ることになります。

中東協力センターの川田専務理事も、助手のイスラム教徒から宗教を問われ、同じような答え方をしたところ、「そんなはずは絶対にない」と強硬な抗議を受けました。
助手は畳み掛けます。

「それならなぜあなたは、泥棒もせず、嘘もつかず、悪いこともせず、誰も見ていないのに、日々誠実に働き、まじめな日常生活を送っているのか?」

川田は「法律があるではないか」と反論しますが、「嘘は法の取締り対象ではない」と逆襲されてしまいます。
助手曰く、「誠実」というのは外部からの強制で律し得るものではなく、何らかの宗教に基づくその人の内面的な規範のはずだと。

最後は、山本七平自身の体験談。
ユダヤ教の最高ラビ、デービッド・ゴレン師と話していた時のことです。
何気なく「日本には宗教法はありません」と口にした途端、師はひどく驚きあきれた顔をして「では、日本人は何をしてもよいのですか?」と質問してきました。

どうやらキリスト教、イスラム教、ユダヤ教の3大宗教の信者にとって、宗教の力に頼らなくてもちゃんと機能している日本人の道徳観というのは、全く理解不能な謎のようです。

山本の考察は続きます。
彼らのいう「宗教」とは、「こころのうしろ側」にあって、その人を支えている原理、及びその原理に基づく絶対的な規範を意味する言葉である。
それは私たちが普段使う「宗教」という言葉とは相当に意味が違う。
では、私たちの「こころのうしろ側」で私たちを支えている「見えざる宗教法」、「見えざる原理」とは一体どのようなものか?

この本は、1980年(昭和55年)に上梓されたものですが、最近改めてこの「見えざる宗教法」、「見えざる原理」について考えさせられる出来事がありました。
コロナ自粛です。

実は、世界的に極めて珍しいことですが、日本の憲法には「緊急事態条項」が存在しません。
そのため、戦争・災害・疫病などの緊急事態の際に、国家が憲法秩序を一時停止して、非常措置を取るということができないのです。
だから、ロックダウンの命令や外出禁止令が出せず、「緊急事態宣言」にしてもあくまで国民への「お願い」に過ぎないのです。
これは、日本と諸外国との決定的な違いです。

ワイドショーではお気楽なコメンテーターが、「人流を止めるためには、もっと強い措置が必要だ」などと無責任な発言を繰り返しましたが、そのためには憲法を改正しなければならないことを承知の上でのことだったのでしょうか。
行動を規制する権利を国家に与えることは、取りも直さず言論を規制する権利も国家に与えてしまうことになりかねません。

テレビは影響力の強いメディアですから、そのあたりをよくよく考えてから発言してもらいたいものです。
また、全国知事会も県境を越える移動を制限する措置を政府に求めていましたので、事実上の「憲法改正運動」は空前の盛り上りを見せていたことになります。

ところが、これも世界的に見て極めて珍しい現象なのですが、日本では「憲法改正」をタブー視している人が結構多く存在します。
憲法というのは、それほどまでに改正が難しい「聖典」なのでしょうか。

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