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5☆s 講師ブログ

皮膚は千の目を持つ

視覚と聴覚の不思議についてお話ししてきましたが、今回は皮膚の知覚に関する話です。
その前に、まずは視覚と聴覚の問題にチャレンジしてみてください。

【問題】
あなたの前にはテレビが置かれていて、男性の顔がアップで映し出されています。
次に男性が、「ma」と発声する動画が流れます。
ところがその時、スピーカーから出る音声は「ka」です。
さあ、あなたの耳には、なんと聞こえるでしょうか。

【回答】
①「ma」と聞こえる
②「ka」と聞こえる
③「pa」と聞こえる
④何も聞こえない

文章だけで場面をイメージするのは難しいかもしれませんが、それでも「③と④はないだろう」と思ったのでは。

ところが、答えはなんと③の「pa」です。
では、謎解きをしていきましょう。
「ma」と発声する時は、一度口を閉じないといけませんよね。
なので、動画も一度口を閉じてから声を発する映像になっています。
一方、「ka」は口を開いたままで発声できます。
逆に一度口を閉じてしまうと、「ka」の発声ができなくなります。

つまり、脳はこう考えるのです。
耳から入ってきた情報は確かに「ka」である。
しかし、映像は一度口を閉じているので、「ka」であるはずがない。

要するに、視覚情報と聴覚情報が矛盾しているために、脳が混乱してしまうのです。
その結果、妥協の産物として、「pa」という認識が生まれます。
この現象は、マガークという人が発見したので「マガーク効果」と呼ばれますが、心理学ではかなり有名な実験です。

と、ここまではネットにも動画が上がっていたり、テレビ番組で紹介されたりしているのでご存知の方もいるでしょう。
ところが、この実験を「目と耳」ではなく、「皮膚と耳」で行った学者がいます。
2009年にジックが実験したのは、マイクに息が当たる破裂音の「pa」と、破裂音ではない「ba」です。

被験者に「ba」という音声を聞かせたタイミングで、首や手に空気を吹きつけます。
もちろん、空気の音は聞こえないようにちゃんと配慮しています。
すると被験者は、「pa」という音が聞こえたと回答したのです。
どうやらここでも、耳からの情報と皮膚からの情報が一致しないので、脳が勝手に辻褄合わせをしているようです。

ところが、大手化粧品メーカーの研究員である傳田光洋の考えはもっと先を行っています。
なんと、皮膚が音を受容している、すなわち「皮膚は音を聞いている」というのです。
そんなことがあるのでしょうか。

山城祥二の名で「芸能山城組」を主宰する農学博士の大橋力は、インドネシアで演奏される「ガムラン」という民族音楽に着目しました。
ガムランは様々な大きさの銅鑼や鍵盤打楽器を合奏するもので、ジャワ島やバリ島のものが有名ですが、バリ島のガムランの演奏では、演奏者がトランス状態になってしまうことがあるそうです。

でも、録音したCDを聴いてもトランス状態にはなりません。
CDというのは、通常2万ヘルツの音までしか録音しません。
なぜなら、ヒトの可聴域は20ヘルツから2万ヘルツまでなので、それより高い周波数の音を収録しても無駄になるからです。
ところが、ガムランのライヴ音源を解析してみたら、なんと10万ヘルツ以上の音も含まれていました。

さらに大橋らは、ライヴ音源に身を置くと、脳波や血中のホルモン量に変化が現れることも発見しました。
ところが、被験者の首から下を、音を通さない物質で覆ってしまうと変化は起きませんでした。
ということは、ヒトの耳には聞こえない高周波が、体を通じて人間の生理状態に影響を与えていることになります。
まさに、「皮膚は音を聴いている」のです。

汗の分泌に関係するエクリン腺が、100万ヘルツの高周波数を受容するアンテナになっていると主張する学者もいますが、証明はされていません。
でも、これで驚いてはいけません。
傳田は、「皮膚は色を見ている」のではないかと考えています。
どういうことでしょう?

目の網膜で光の明暗を受容しているのは、「ロドプシン」というタンパク質です。
また、光の3原色である赤、緑、青の受容については、それぞれの光に特異的に応答する「オプシン」というタンパク質が担っています。
驚くべきことに、このロドプシンやオプシンは表皮にも存在しています。
しかも、オプシンを詳しく分析したところ、波長の短い青を受容するオプシンは表皮の近くに、比較的波長の長い赤や緑を受容するオプシンは表皮の最深部に、それぞれズラリと並んでいるではありませんか。

これは実に理にかなっています。
なぜなら、波長の長い光は物質透過性が高いため、遠くまで届くからです。

夕暮れの空が赤く染まるのは、色の波長と関係があることはよく知られています。
夕暮れ時の太陽は西に大きく傾いているため、太陽光が私たちのところに届くまでは、空気中の長い距離を進まなければなりません。
その時青などの短い波長の光は、空気中にあるチリやホコリにぶつかってしまい、遠くまでは届きにくくなります。

一方、波長が長い赤は、チリやホコリをうまくすり抜けることができます。
だから、夕暮れの空は赤く染まるのです。

以上から、赤を受容するオプシンが皮膚の最深部に存在することは、光学的に見ても極めて合理的なことです。
2020年3月のブログ『赤色の研究』で、壁や天井が真っ赤に塗られた部屋にいると、たとえ目隠しをしていても交感神経が活性化して、血圧が上がったり脈拍が速くなるという話をしました。
もしかしたら傳田の推測通り、表皮の奥にあるオプシンが赤色を感知しているのかもしれません。

ただ、ロドプシンやオプシンが存在するからといって、「皮膚は色を見ている」と結論づけるのは早計です。
目の網膜ではロドプシンやオプシンが応答した後に、それを「トランスデューシン」や「フォスフォディエストラーゼ6」といった酵素が電気信号に変換しています。
しかし、皮膚ではこの電気変換システムがまだ確認されていません。
この辺りは、今後の研究に期待したいところです。

また、私たちの鼻の中に存在する嗅覚の受容体については、たくさんの種類があることがわかり2004年のノーベル賞の対象にもなりましたが、最近この研究が進んで、そのいくつかは皮膚のケラチノサイトと呼ばれる角化細胞でも見つかっています。
もしかしたら、皮膚は匂いを感じているのかもしれません。

さらには、ニコチンやグリシンなど、大脳や神経系で情報処理を行っている受容体のほとんどがケラチノサイトにも存在していて、細胞を興奮させたり抑制させたりしていることもわかりました。

皮膚が、触覚を超越した何らかの感覚を有していることを予感させる、実に不思議な研究も報告されています。

サルの後頭葉にある第一次視覚野を切除すると、当然そのサルはものが見えなくなります。
ところが、ヘビのおもちゃを近づけたら、ちゃんと怖がったというのです。
これは、“Blind Sight”(盲目の視覚)と呼ばれる現象ですが、目による「認知」はできなくても、皮膚による「知覚」はできたということになります。

皮膚も脳と同様、謎だらけですね。

考えてみると視覚や聴覚は、生物の進化の過程ではかなり後になってから発達した知覚です。
でも、触角というのは、目や耳ができる前から存在していた古い感覚器。
目も耳もない原始の生物は、触覚だけで生きていたわけですから、皮膚は外部環境を感知する重要な役割を担っていました。

そして、触覚の次に発達したのは嗅覚のようです。
なぜなら、白亜紀のものと思われる脊椎動物の化石の中に、脳全体が嗅脳というものが見つかっているからです。
おそらく、目も耳も未発達だった私たちの祖先は、触ったり匂いを嗅いだりすることでエサを探し、また危険を察知して逃げたりしていたのでしょう。

IT機器が進化した現代では、ヘッドホンとゴーグルを装着すれば様々なバーチャル体験が可能となりました。
でも、これは果たして「体験」と言えるものなのでしょうか?
現代人は、視覚と聴覚にあまりに頼り過ぎているのではないでしょうか。

皮膚感覚が希薄になると環境の変化に鈍感になり、危険を察知できなくなる可能性も考えられます。
そういう意味では、私たちはもっともっと五感を研ぎ澄まさなければならないのかもしれません。

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