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5☆s 講師ブログ

雑草が日本人を作った(1)

日本の植物学の父といわれる牧野富太郎博士が「雑草という名の植物はない」と言ったように、雑草と呼ばれる500種類以上の植物にはそれぞれちゃんとした名前があります。
雑草は、家庭菜園をしている人にとっては憎たらしい存在ですが、四六時中嫌われているというわけでもありません。

「温室育ち」に対するアンチテーゼとして、「雑草魂」という言葉があります。
雑草は踏まれても挫けずに立ち上がる、「たくましさ」の象徴でもあるのです。

でも、雑草は本当にたくましい植物なのでしょうか?
植物学者に言わせると、雑草は極めて弱い植物で、競争が激しい場所では生きていけないのだそうです。
雑草が生えるのは、頻繁に草取りが行われる畑や人に踏まれる道端。
これらは植物にとってかなり過酷な環境の場所です。
でも見方を変えると、強い植物と競争しなくてもいい場所でもあります。

昔から日本人は「判官贔屓」と言われますが、確かに私たちは、ハンデを背負った者がそれを乗り越えて強者を打ち負かすことに快感を覚えたりします。

『雑草が教えてくれた日本文化史』を著した植物学者の稲垣栄洋は、日本人は雑草の「弱さ」に共感しているのだと主張します。
今回は稲垣の考察を基に、弱い植物である雑草を通じて、日本人の精神性に迫ってみたいと思います。

その前に、農耕が果たした役割について整理しておきましょう。
一般に日本人は農耕民族で、西洋人は狩猟民族だと言われますがそれは間違いです。
縄文時代以前の日本は狩猟採集生活が中心でした。
一方、西洋では古くからムギやブドウなどを栽培していました。

農耕の発祥は今から1万年ほど前のメソポタミア文明と言われていますが、その頃の日本は石器時代の末期にあたり、縄文人たちはまだ魚を獲ったりナウマンゾウを追いかけたりする生活を送っていたのです。

メソポタミアの土地は、ティグレスとユーフラテスの2つの大河に挟まれた肥沃な土壌で、農耕に適していたと教科書には書かれていますが、ただの沼地を耕地に変えるには想像を絶する苦労があったはず。
しかも、降水量は日本の1/8以下。
ほとんど雨が降らないため、大河の治水だけでなく大規模な灌漑設備も作らなければなりませんでした。

一般に、農耕には自然豊かな土地の方が向いているように思われますが、そういう場所は多くの動物や植物が生息しているので、農耕よりも狩猟採集生活の方が適しています。
言い換えると、自然が豊かでない土地というのは、農耕という選択肢しか残されていない土地なのです。

なぜ、人類がそこまで農耕にこだわったかというと、食糧の保存が可能になるからです。
食糧を保存することによって、人類は人口を増やし発展を遂げることができました。
しかし、農耕は諸刃の剣でもありました。
食糧を巡る争い、すなわち「戦争」をもたらしてしまったからです。

では、いよいよ日本に目を向けてみることにしましょう。
日本は自然豊かな国だと言われていますが、昔の日本人は「自然」をどんな風に捉えていたのでしょう?
驚くべきことに明治時代になって“Nature”という英語が入ってくるまで、日本には「自然」を意味する言葉はありませんでした。

「自然」の他にも、明治期に無理やり翻訳されて新たに作られた日本語はたくさんあります。
「科学」、「政治」、「自由」、「法律」などがそうですが、なんと「個人」という言葉もそれまでの日本にはありませんでした。
キリスト教では、神との契約によって一人ひとりの存在が約束されるのですが、その契約の当事者は「個人」です。
だから、個人を尊重する「個人主義」が発達したのです。

でも日本では、「私」という存在が認識される場面はほとんどありませんでした。
もしあるとすれば、それは仲間との関係性においてです。
仲間との協同作業における役割分担において、初めて「私」という存在を認識したはずです。
そのため、「私」という概念はあっても、「個人」という概念はありませんでした。
個人主義など成立しようがなかったのです。

ところで、「言葉」という日本語にも、植物の一部である「葉」が使われていますよね。
「言葉」は、「言の葉」とか「言の端」に由来すると言われていますが、古今和歌集で紀貫之は「やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける」と詠みました。

人の心を種として、葉っぱのように言葉が生まれてくるというのです。
この歌こそ「言の葉」の起源だと言われています。
植物は、日本人にとって昔からとても身近な存在だったのですね。

さて、昔の日本には「自然(しぜん)」という言葉はありませんでしたが、「自然(じぜん・じねん)」という言葉はありました。
でも、これは「病気が自然と治る」などのように「自ずからそうあること」という意味の仏教用語です。

なぜ、日本には“Nature”を表す言葉がなかったのでしょう?
実は、これにも宗教が関係しています。
西洋人にとっての「自然」とは、人間世界とは異なる別の世界を意味しています。
西洋では神が人間を創り、次に人間のために動物や植物を創ったと考えられてきました。

旧約聖書には、神が人間に対して「すべての生物を支配せよ」と命じたと記されています。
デカルトは、動物は心を持たない単なる機械に過ぎないという「動物機械論」を唱え、カントは動物には自意識などなく、ただ人間のために存在しているのだと主張しました。
西洋人にとっての自然とは、人間が支配することを許された人間の所有物だったのです。

だから、「自然保護」という発想が生まれたのです。
時々、大雨や大風など自然の脅威を感じる場面はあったでしょうが、そんな時人間は神と共にそれに立ち向かえばそれでよかったのです。
なぜなら、自然は人間の所有物なので、自然の脅威など必ず克服できるからです。

翻って日本はどうでしょう。
全く違いますよね。
日本では、動物や植物は神が創ったものではなく、人間と対等の存在として昔からそこにありました。
動物や植物は、人間と同様自然の一部、つまり自然に内包された存在でした。

このように日本における「自然」は、日常的に私たちの身の周りにあるものであり、特に意識するようなものではなかったのです。
これが、“Nature”を意味する日本語が存在しなかった理由です。

「天地(あめつち)」という言葉はありましたが、これはすべての生物が住んでいる「天と地の間の空間」のことを指します。
人間も動物も植物も、万物がこの天と地の間に存在しているというのが日本の自然観です。
「自然保護」という言葉に違和感を覚える日本人が多いのは、人間も自然の一部だと考えるからです。

しかも、天地の空間に住んでいたのは、人間や動植物だけではありませんでした。

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