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「設立7周年を迎えて」〜熱き想いを再び

代表取締役 足立好穂2010年5月でファイブスターズ アカデミーを設立してから「7年目」に突入しました。思い返せば7年前は今と同様に「不況」が重たく日本を包んでいる時期でした。営業の女性と講師である私と二人で独立起業することになり、周りからは「何もこのご時世で独立することないのに!やめたほうが良い」と出会う人ごとに言われたものです。
しかし、このご時世だからこそ「疲れているビジネスパーソンのマインド強化を!」という想いに駆られて営業するも、最初の1、2年は本当に厳しく辛い時期が続きました。その後、時流が「ビジネスで大切なのはそこで働く人のモチベーションである」という意識が芽生え始め、現在のファイブスターズ アカデミーの根幹をなしている「マインド研修」が受け入れられるようになったのです。
今から思えば「やってやれないことはない!」「できないのは出来るまでやっていないだけ」という私の信念を心に強く持ちながら「マインド研修」の重要性をお伝えしてきたわけですが、当時を振り返ると、設立当初の厳しい時期は自分自身の「魂」を試されていた期間であったと思うのです。
厳しく、辛いときほど自分の信念が本物かどうか試されるのだと思い至りました。今では自分の信念を一分も疑うことなく、心底信じて、これからの教育研修に余生を捧げるつもりでおります。
心強くも男性役員も加わり、「全ての期待をファイブに」かけてさらなる飛躍をしていきます。今後とも、ご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

ファイブスターズ アカデミーへの熱き想い

そもそも、人が大好きで人と関わる仕事をしたいと思い始めたのは大学を卒業する頃です。
スペイン語という当時日本ではなじみのない語学を専門にしていた為、スペイン語だけでは社会的な評価が得られないことを感じていました。
同時に英会話もできなければということで、スペイン語会話と英会話を同時にネイティブについて習っていましたので、国籍問わず、人種を問わず、さらには老若男女を問わずに人と接することには何の抵抗もない自分が学生時代から培われたような気がします。

大学卒業後は日本の建設機械メーカーに就職しましたが、海外事業本部とはいえ、女子大生亡国論華やかなりし時代でしたので、「女だてらに四年制出てからに」ということで、多くの男性社員からの扱いは大変厳しいものがありました。そこで、意を決して、今で言う「転職」をして、英国系の航空会社に転職しました。

その後も種々雑多な経験をしながら、途中で出会った男性と結婚するはめになりました。結婚後も仕事を続けるつもりでおりましたが、やむを得ない事情で退職を余儀なくされ(妊娠です)その後は普通の主婦の生活を続けておりました。

今から15年ほど前に、ある事件を発端に仕事をする決心をしました。

というのは、実家の母のことです。三姉妹の末娘でしたので実家の母とは仲がよかったのですが15年前のある時、母が「好穂、胃の調子が悪いのよ」と言い出し、医者に行かせたところ、「余命1ヶ月。悪性の癌」との結果に驚く間もなく、母はお医者様の言うとおり一ヵ月後に亡くなりました。

この時思ったのです。「あーぁ、人間って、一ヵ月後の人生もわからないのだ」と。そこで「今の私は死ねない」と強く感じたのです。と、いうのは「やすゆきちゃんのママ、桂子ちゃんのママ、足立さんの奥さん、お嫁さん」という自分はいるけれど「足立好穂」という個人名で何も社会に対して働きかけをしていないということに気が付いたからです。
今、私が死んでも、「いったい誰?」と言われるしかない自分の存在に凄くむなしさを感じて「働くぞ!」と決心しました。

ところが、ここにも思わぬ伏兵が・・・というのは、夫は一人っ子で現在でも99歳の車椅子の夫の祖母、84歳の舅、82歳の姑が健在で、4世代7人家族で同居しているのです。私以外、夫も含めて全員が私が働くことを「貴方にはできない、やれない、やらせたくない!」の大合唱が起こったのです。態度は大きいけれど気は小さい私としては、いかがしたものかと思案の結果・・・そうです、「今、私にできることは何?」と考えたのです。そして、最終的に「今、私にできることは仕事を探す下準備だ!」ということで文房具屋に行って履歴書を一箱(百枚)買ってきました。新聞の求人広告を見ては応募するという日々が続きましたが、そこで、私はひとつ学びました。「あきらめない!」ということです。あきらめず、志のあるところには必ず道は開けると学びました。2?3ヶ月すると、数社から面接のお声がかかったのです。
しかし、実際、面接に行ってみると、片道1時間ほどかかるところに通うというのは、二人の小さな子供を持つ身としては至難のわざでした。そこで方針を手直して、自分が住んでいる町で何でもいいから仕事ができるところを探すことにしました。やはり、ここでも「志のあるところに道は開ける」ということを体験しました。

ある日突然、歩いて50歩、はっきり言ってお隣さんで求人を見つけました。そこは獣医さんで、「大きな犬を押さえられる方 募集!」という張り紙が出たのです。犬が大好きな私はそのまま押しかけアルバイトとして4年間そこで働きました。時給680円からのスタートでした。しかし、どんなにかわいい犬でも、何をやっても「ワン」としか言わないので、最後は少々物足りなくなったのも事実でした。

そこで、結婚前に多くの人と関わっていた者として、「働く人のモチベーションを上げるマインドモチベーター」になってたくさんの人のお役に立ちたいと思いました。アルバイトでためたお金を元に東京の大学の夜間公開講座に一年間通い、コミュニケーションの勉強をしたのでした。

その後、まずは専門学校の非常勤講師で「教える」ということを学ぼうと、これまた求人広告を見て、無謀にも大手の専門学校の講師求人広告に応募しました。運よく採用され、そこで8年間非常勤講師として「秘書検定受験指導」を担当し、ビジネスに関わる多くのことを私自身学びました。しかし、ビジネスに関わることを学生に指導する者として、やはり実際に企業と関わらなければ旬の話はできないと思い、夏休み、冬休み、春休みを利用して企業研修も個人的にすることにしました。そこで、前の会社の女性社長と出会い、その会社で研修講師としての道を歩むことを決心しました。初めのうちは専門学校の講師と研修講師との二足のわらじで仕事をしていましたが、それも日程的に大変厳しい状態になりましたので研修講師一本に絞り、収入ゼロからこの道を歩むことになりました。研修講師というのは基本的には出来高制の仕事で、所属する会社の研修部長として若い講師を育てながらも、契約講師として会社から言われるとおりの研修をこなす毎日が8年ほど続きました。

そうする中で、私の中でもっと多くのクライアントの方々にさらにカスタマイズした研修のご提供をしたいという気持が強くなっていきました。そして、厳しい社会状況でしたが独立して会社を興すことを決心したのです。

講師の独立が日常茶飯事のこの業界でも、やはり自分達が独立となると、予想以上に困難があったのも事実です。しかし、「自分の人生、自分が主役」、自分が自分の人生に挑戦しないで、関わる研修の受講生の方々にモチベーションをかけることはできない!という信念のもとに独立を決行しました。そこでも思わぬ困難にいくつか遭遇しましたが、こんなことでへこたれていては「夢」は実現できないと、常に自分を励ましながら、クライアントの方々の声援をよりどころとして行動してきました。その結果、決心してたった一ヶ月のうちに会社設立をすることができたのです。

「やってやれないことはない!できないのは、
できるまでやっていないだけ。あきらめずにできると信じてやる」

この心情で今まで活動をしてきました。これは、私が会社を起業するめに心に刻んでいる精神です。それをなんとか企業コンセプトにできないかということで、「ファイブスターズ アカデミー」という会社名にその思いをこめることにしたのです。つまり:

今までとは違う、今まで以上の研修・教育の企画提案をさせていただき、大手の研修会社ではできない細かくカスタマイズした内容と、クォリティの高い多くの講師陣をそろえることで、必ずや満足していただける研修・教育をご提供することを心に誓いながら、私の信念である「やってやれないことはない」を胸に、一人の女性として、人間としてどこまでやれるのか「自分の可能性」への挑戦を日々続けている毎日です。

不思議と最近思うのです。今までと違う忙しさ、仕事の内容の多様化の中にいるわりには少しも「いやだ、やめたい」と思うことがないのです。スタッフ全員と常に話し合いながら、「どうしたら一番いい形で仕事ができるか?」というお互いへの思いやりと厳しさを持ちつつ、最終的にはこの会社をどう育てて大きくしていくかとの夢を共有しているために「骨身」をおしまず仕事ができるのです。
これはきっと「人間、夢に向かって行動する時に一番のモチベーションがかかる」ということを私たちがまさに実践していることにほかならないと自負しています。

 

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