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5☆s 講師ブログ

ロシアを決して信じるな(1)

ロシア研究の第一人者、筑波大学名誉教授の中村逸郎が2021年に上梓した『ロシアを決して信じるな』は、中村が入手した極秘資料に記載されている衝撃的なエピソードから始まります。

1995年1月25日午前9時過ぎ、当時エリツィン大統領の補佐官で、国家安全保障担当のユーリー・バトゥーリンのもとに緊急連絡が入ります。

「ノルウェーの方角からモスクワに向けて核ミサイルが飛んできている。首都に着弾するのに20分もかからない」

当時、ノルウェー沖でアメリカ軍の原子力潜水艦が活動していることはクレムリンもすでに把握済み。
すぐに「チェゲート」と呼ばれる核バッグを持つ3人、すなわちエリツィン大統領、パーヴェル・グラチョーフ国防相、ミハイール・コレースニコフ参謀総長による緊急協議が開かれます。

補佐官のバトゥーリンによれば、国防相はボタンを押すべきだと叫びますが、大統領はアメリカがロシアを攻撃するなんて信じられないと最後まで躊躇したそうです。
最終的にどうなったかというと、資料にはこう書かれています。

「エリツィンは核ボタンを押し、システム(核バッグ)を作動させるためのコードを送信した。しかし、システムはうまく作動しなかった」

中村はバトゥーリンに面会した際に問い質します。
「核ボタンは故障していたのか」

彼の答えは「そんな単純な話ではありません」
それ以上は口を噤んでしまうのですが、注意深く読むと「うまく作動しなかった」という記述を否定しているわけではないことに気づきます。

後にこの飛翔体は、アンドイ島から打ち上げられたノルウェーのオーロラ観測用のロケットであることが判明します。
ノルウェー政府はロシア大使館に対して事前にロケットの打ち上げを通告していましたが、大使館側が自国の外務省に連絡するのを怠っていたというのが真相のようです。

私たちは皆、「核戦争を起こしてはならない」というのは人類共通の認識だと思っています。
それはそれで間違いないのでしょうが、このエピソードからは現実世界における核戦争の抑止体制というものが、かなり危ういシステムの上に立脚していることがわかります。
いくらバトゥーリンが、現在の核バッグの性能は格段に上がっていると力説したところで、安心できる人はいないでしょう。

これがロシアの現実です。
中村が、知り合いのロシア人を訪ねるためにモスクワ郊外に向かうバスに乗った時の話も、私たちには理解しがたいエピソードです。

どう見ても製造から40年は経っているであろうオンボロバスは、今にもストップしそうな頼りないエンジン音を響かせながら走っていました。
車内には憂鬱そうな表情の仕事帰りの乗客たち。
突如、沈黙を破って4、5人の乗客が叫び出します。

「降りるよ」、「止まれ」、「なぜ停車しないのか」。

直前に次のバス停を告げるアナウンスがあったにも関わらず、バスは何事もなかったかのように走り続けています。
すぐに、乗客のひとりが降車口の上に設置されている赤い非常ボタンを押しますが、ボタンはへこんだままで一向に反応する気配がありません。
中村によれば、安全装置があっても役に立たないのは、ロシアではありふれた日常の光景のひとつなのだそうです。

痺れを切らした乗客のひとりが運転席に詰め寄ります。
しかし、運転手は前方を見つめたまま平然とこう答えるのでした。
「バス停は撤去された」

でも、アナウンスは確かに流れました。
乗客も「今朝、バス停はあった」と反論します。

すると今度は、運転手はこう告げます。
「バス停があったかどうか、それは私の問題ではない。今バス停が存在しないので停車できないだけのことだ」

たちまち怒号が飛び交い車内は騒然となります。
バス停を2つ飛ばして3つ目でようやく停車した頃には、バスはすでに2キロほど通り過ぎた地点まで来ていました。
10人ほどの乗客が降車口に殺到しましたが、運転手が詫びの言葉を口にすることはありません。

本当にバス停が撤去されていたのか、それとも単なる運転手のミスなのか、それは誰にもわからないことです。
でも、わかったところでどうしようもないのがロシアという国です。
ロシアで原因を探ることは無意味な行為でしかないのです。

バスを降りた乗客のひとりが、暗闇に向けて怒鳴ります。
「ロシアは、ホントにクソだよ」
中村は思わず、隣に座っていた買い物袋を抱えた女性に聞きます。
「ロシアとは誰のことですか?」
女性の答えは「わからない・・・」

そして、こう続けるのでした。
「私たちは誰でもよいから、罵るのが大好きなのです」

ロシア人は想像を絶する過酷な過去を生き抜いてきました。
未来は不安そのものです。
そして現在はと言うと、自分の力ではどうにもならない閉塞感が充満しています。
その深い呪縛の闇から一瞬でも心を解放するためには、何かに対して怒りの矛先を向けるしかないのです。

女性がそっと呟いた言葉を、中村は聞き逃しませんでした。
「神様!私がロシアに生まれたのは何かの罪の代償なのでしょうか」

そんなロシア人と40年も付き合ってきた中村ですが、生涯忘れられない衝撃を受けたのは2014年のシェレメーチエヴォ空港での出来事だと回想します。
この空港はモスクワ郊外にある4つの主要空港の中でも最大の規模を誇り、ソ連時代とは比べようもない近代的な設備が整った空港ですが、そこで信じられない事態に遭遇するのです。

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