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5☆s 講師ブログ

ブンヤ暮らし三十六年(1)

 

かつて、新聞は「社会の木鐸(ぼくたく)」と言われていました。
木鐸とは、昔の中国で法令などを市民に触れ歩く際に鳴らした大きな鈴のことで、新聞とは社会に対する警鐘であるとともに、進むべき道を示すものであるという意味なのだそうです。
かつて日本が太平洋戦争に突入していったとき、それを強力に推進したのは新聞の論調でした。
そういう意味では、進むべき方向に世論を誘導しているというのは、あながち間違いではありません。
問題はその方向が正しかったかどうかです。

 

しかし、新聞というのは自らがその責任を検証しない限り、誰からも責任を問われることがないため、過ちは何度も繰り返されます。
なぜ、こんなことになったのでしょう?
それは、新聞記者というものが、決してジャーナリストに分類されるものではなく、ただのサラリーマンの中の一職業にすぎないからです。

 

サラリーマンから逸脱していた数少ない記者のひとり、永栄(ながえ)潔が上梓した『ブンヤ暮らし三十六年』は、朝日新聞社での記者生活を回想したものです。
政財界の超お偉いサンや右翼の大物と対峙しても、一歩も引かずに舌鋒鋭く次々質問を浴びせる姿は、明らかにサラリーマンのそれとは一線を画していました。
でも、私がもっとも興味をそそられたのは、新聞社の内輪話の方です。

 

永栄が、朝日新聞社内の週刊誌部門である『週刊朝日』に異動となった1988年、あのリクルート事件が発覚します。
リクルートの創業者である江副浩正が、当時の竹下首相や中曽根前首相、森喜朗前文相といった政界関係者に、リクルート・コスモス社の未公開株を譲渡し、巨額の利益を供与していたという戦後最大の汚職事件です。
しかも、株をバラ撒いた先は政治家だけでなく、財界人など広範囲に及びました。
この事件の発端は、朝日新聞の横浜支局員が掘り起こしたのですが、永栄は当初、未公開株が確実に利益をもたらすとは限らないだろうと、事件に対して懐疑的な態度を取っていました。

 

しかし取材を進めると、とんでもないことがわかってきます。
政治家たちには、江副側が株の購入代金をわざわざ用立てあげていたのです。
その上、上場3週間以内の売買は、当時証券取引法違反にあたりましたが、江副らは株所有人の名義を借りた後、株の売却代行までしてあげて彼らに巨額の利ザヤを提供していました。
これをワイロと言わずして、一体何を言うのでしょう。

 

ちょうどその頃、永栄はたまたま用事があって古巣の朝日新聞の経済部を訪れます。
永栄を見かけた経済部長が声をかけてきました。
「リクルートの何が問題なんだね。ただの経済行為だろ」
永栄は答えます。
「私も初めはそう思ったのですが、政治家に渡った分はワイロと言っていいものでした。証券取引法にも違反していたそうです」

 

部長は「フン」と鼻を鳴らすと、脇にいた記者に振ります。
「君はどう思うかね。リクルートは事件かね」
その記者の答えはこうでした。
「事件じゃないですね。ただの経済行為でしょ」

 

どこの会社にも風見鶏はいるものです。
そこで永栄が、「ただ、取材してみると・・・」と、問題の核心を伝えようとしたとたん、部長は「それ以上は聞きたくない」と言わんばかりに席を蹴ってどこかへ行ってしまいます。
自分が聞きたくないことには一切耳を塞いでしまうタイプの管理職は確かにいますが、そういう人に限ってなぜかどんどん出世していくのが新聞社の不思議なところ。

 

それから数年後、社会部の創部記念パーティーの席上で、編集局長に出世していたこの経済部長の挨拶を聞いて永栄は唖然とします。
曰く、「戦後最大の汚職事件であるリクルート事件の報道で、新聞協会賞を受賞させられなかったのは我々の責任で、痛恨の極みだ」
まるでカメレオン!
永栄はせめて、「単なる経済行為に過ぎないリクルート・コスモスの株譲渡を、あたかも犯罪であるかのように報じさせてしまったのは我々の責任で、痛恨の極みだ」くらいは言って欲しかったと回想します。

 

このリクルート問題が厄介なのは、マスコミ関係者にまでコスモス株がバラ撒かれていたことです。
そして、そのことが新聞社という組織の特異性を浮き彫りにしてしまいます。
事件報道がピークを迎える頃、かつて『週刊朝日』に在籍していたTという記者にも株が渡っていたのではないかと、別の週刊誌が取材にやって来ます。
Tは永栄の同期生だったので、親切心から取材を受けたことをこっそり教えてあげました。
当然本人は否定するのですが、小一時間ほど経った頃、なぜかTから折り返しの電話が入ります。

 

「さっきの話、経済部長に話した?」
そもそも裏のとれていない情報だし、しかも偉いサンに同期をチクるようなことなどするはずがありません。
ところがTは、「話せよ。部長はお前のこと、ものすごく誤解していて、『永栄はそんな奴じゃない』と言っても取り合わない。『実はTのことでお耳に入れておくことが・・・』と電話すればきっとお前のこと見直す。俺がお前にしてやれることはそのくらいしかないんだ」と言います。

あまりのバカバカしさに放っておくと、何度も電話があり深夜になって「今、部長に電話した。お前の電話を待つと言ってる」と伝えてきます。
「どういうこと?」と聞いても、「とにかくすぐ電話した方がいい」の一点張り。
仕方なく部長の自宅に電話すると、そこにはなんとも意外な展開が待ち受けていたのでした。

 

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