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5☆s 講師ブログ

200年先の評価

なんともしょっぱいスコッチです。

キャンベルタウンで作られるシングル・モルト『スプリングバンク』。

キンタイア半島の突端にあるキャンベルタウンは、かつて30を超える蒸留所が軒を連ねるスコッチの一大産地でした。

近くにあるアイラ島を遥かに凌ぐほどの規模で、
NHK朝ドラの『マッサン』のモデルとなった竹鶴政孝も、ここにあるヘーゼルバーン蒸留所で修行しています。

それほどまでに隆盛を誇った名産地なのに、現在はたった3つの蒸留所を数えるのみ。

しかも、当時から絶え間なく操業を続けているのは、スプリングバンク蒸留所だけです。
人の世は栄枯盛衰と言うけれど、あまりにも急激な凋落ではありませんか。

その原因は二つあります。

時代の変化と、商売の姿勢です。

まず、時代の変化の方からお話ししましょう。

そもそもこの地は大麦だけでなく、スコットランドでは珍しく石炭の産地でもありました。
その上、自然の良港にも恵まれていたため、北米航路の起点になっていたのです。

ところが、石炭は掘り尽くされてしまい、やがて海運も時代遅れになっていきます。

しかし、唯一残っていた大麦をダメにしてしまったのは、彼らの商売の姿勢そのものでした。

竹鶴が修行を始めた1920年、アメリカで禁酒法が施行されます。

禁酒法というと、酒が一滴も飲めないほど厳しく規制されていたイメージがありますが、
自宅での飲酒は許されるなど実際はかなり緩い法律だったのです。
事実、法律の施行前に人々は大量の酒を買い込んでいました。

また施行後も、当局が本気で取り締まることはほとんどなかったそうです。

その証拠に、禁酒法時代の13年間で酒の消費量は10%も増えました。

「スピーク・イージー」と呼ばれる秘密の地下酒場がニューヨーク市だけで3万軒以上もありましたが、
法律施行前は1万5000軒だったことを考え合わせると、
禁酒法がまるで政治資金規正法のような“ザル法”だったことがわかります。

禁酒法というと、私たちはすぐにアル・カポネと、取締官エリオット・ネスの戦いを描いた
『アンタッチャブル』を連想しますが、アル・カポネはスピーク・イージーに酒を売って大儲けしていたのです。

当然、ギャング同士での酒の奪い合いが始まります。

彼らが機関銃で武装していたのは、取り締まりの役人と戦うためではなく、他のギャング団による強奪から酒を守るためでした。

警察は敵ではなかったのです。

なぜなら、賄賂を渡せばよかったからです。
だからこそ、エリオット・ネスのような賄賂を受け取らない奇特な人物が映画になったりするわけです。

品薄になったウイスキーに需要が殺到したため、カナダを経由した密輸酒や、さらには品質の劣る密造酒が大量に出回るようになります。

癖の強いアイラ・モルト『ラフロイグ』のように、“医薬品”という触れ込みで輸出されていたウィスキーもありますが、これは例外中の例外。

世界中の酒造メーカーが質より量にシフトするのに歩を合わせ、儲けのチャンス到来とばかりに粗悪品を大量に輸出したのがキャンベルタウンでした。

なんだか、バブルに踊らされたどこかの国を見るようですね。

確かに一時的にボロ儲けはできましたが、1933年に禁酒法が廃止されると人々は良質なウィスキーを求めるようになり、
粗悪品というレッテルを貼られたキャンベルタウンのスコッチは見向きもされなくなります。
キャンベルタウンは試練の時を迎えました。

1835年創業という老舗中の老舗、グレンスコシア蒸留所でさえ閉鎖を余儀なくされ、
多額の借金を抱えたオーナーのダンカン・マッカラムが、キャンベルタウンの入り江に身を投げたのもこの頃。

信念を捨てて、なりふり構わず目先の利益を追い求めた結果、長い歴史に終止符を打つことになってしまう。

ますます、どこかの国と似てきましたね。

それ以来、この蒸留所にはオーナーの幽霊が出るとの噂が絶えないそうです。
現在は操業を再開していますが、そのふくよかな味わいはスプリングバンクと遜色ないほど高いレベルです。

もう少し頑張ってこの品質に拘り続けていたら、もっと違った展開になったのにと悔やまれます。
ちなみに幽霊を連想させるようなミステリアスな味はしません。

幽霊と言えば、村上春樹が『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』の中で、こんな話を紹介していました。

ボウモア蒸留所のマネージャー、ジム・マッキュエンによると、
夜中にウィスキー樽の倉庫に行くと、亡くなったはずの師匠の足音、
それも聞き間違えようがないほど特徴的な足音がはっきり聞こえるというのです。

ジムの解釈では、樽の具合を調べているのだそうです。
みんな、死んでもウィスキーのことが気になってしようがないのでしょう。

今回の主役スプリングバンク蒸留所は、『グレンスコシア』よりもっと古い1828年の創業。
創業直後に買収したミッチェル家が、代々に渡り頑固なまでに良質のウィスキー造りにこだわり続けたおかげで、間もなく200年を迎えようとしています。

独立資本の蒸留所がこんなに長く存続するのは、スコットランドでもきわめて珍しいことです。

ボトリング設備を兼ね備え、蒸留所内で瓶詰めまでしているというのも、他には『グレンフィディック』と『ロッホサイド』ぐらいのものです。

しかし、もっとユニークなのはその蒸留回数。

2014年7月の『ウィスキーの正しい飲み方』の回で、『ブッシュミルズ』などのアイリッシュを除けば、
2回蒸留が一般的と書きましたが、『スプリングバンク』はなんと2.5回。

でも0.5って、一体どんな数え方なのでしょう?

普通は、初留釜(ウォッシュスチル)から再留釜(スピリッツスチル)へと2回の蒸留をしますが、このウィスキーはウォッシュの一部を3回蒸留するのです。
ちなみに、初留釜が石炭の直火炊きなのは、かつての全盛期の名残りでしょう。

この0.5回分がもたらす影響なのかわかりませんが、塩でも入れたのかと思うくらいとにかくしょっぱい!

まるで、品質にこだわり続けたその意地が、塩分として結晶したかのようです。

でも、この塩気こそがミッチェル家の信念の証と考えると、しょっぱさもまた美味しく感じられるから不思議です。

私たちだって、目先の売り上げ数字に左右されることなく、200年先にホンモノと評価されることを目標に仕事することができたら、
今よりもっといい仕事ができるような気がするのですけど・・・。

要するに、その「覚悟」があるかどうかの問題なのでしょう。

それにしても、高血圧で医者から塩分を控えるように言われている身としては、これはちょっと飲みすぎに注意せねば、ですよね。

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