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5☆s 講師ブログ

三番目のミンガス

その男は、ジャズクラブのオーナーとギャラのことで揉めてはドアノブを引きちぎったり、
ライフルをぶっ放したりと大暴れ。

デューク・エリントンの楽団にいたときは、
ナイフを持ったバンドのメンバーに、ステージ上で追いかけ回されたこともあります。
一度はベースを抱えたまま逃げ出しますが、防火用の斧を持って舞い戻ると、
そのトロンボーン奏者の椅子を真っ二つに。

気に入らない演奏をしたメンバーを殴りつけることなど日常茶飯事でした。

しかし不思議なことに、殴られたメンバーはなぜか彼を慕ってついて行くのです。

怒れるベーシスト、チャールズ・ミンガスを形容するときよく使われる言葉が、“武闘派”“反骨”などです。

確かに怖い男でした。

アルト・サックス奏者のジャッキー・マクリーンの証言を聞いてみましょう。

「ものすごい怖かったな。
当時の俺はチャーリー・パーカーに心酔していたから、どうしてもパーカー風のフレーズが出てしまう。

するとミンガスはすぐ演奏を止めて、ものすごい形相で怒鳴るんだ。
『俺が求めているのはジャッキー・マクリーンであってチャーリー・パーカーじゃない。
自分自身の音を出せ!』ってね」

また、こんな言葉も投げかけられました。
「コード進行など考えるな。
キーも忘れろ。
どんな音を出しても間違っていないんだ」

やがてマクリーンは、子どもの頃ノースカロライナの祖母の家に行ったとき、たまたま耳にしたゴスペル・ミュージックを思い出し、独自のスタイルを歩み始めるのです。

ピアノのマル・ウォルドロンも、似たようなことを言っています。

「ミンガスは俺に自分自身を見つけさせてくれた。
自分のスタイルで演奏するために、それは大切なことだった。

当時、俺はホレス・シルヴァーのような演奏をしていた。
俺が演奏する度にミンガスはこう言うんだ。
『ホレスのような演奏だな』って」

ただマルがマクリーンと違うのは、ミンガスと親戚関係にあったおかげで鉄拳制裁を免れたことです。
「俺のママがミンガスに『マルを殴ると承知しないよ!』ってすごんだもんだから、
さすがの彼も俺には手出しできなかったってわけさ」

この二人がミンガスの元で自分のスタイルを見つけ出し、

そしてそれが後のジャズ史に残る名盤『レフト・アローン』に繋がっていくのかと思うと感慨深いものがあります。

ミンガスは自らのグループを“ワークショップ”と呼んでいました。
幼い頃に患ったポリオが原因で、右手の薬指と小指が全く機能しないというという、
ピアニストとしては致命的なハンデを負ったホレス・パーランも、このワークショップで独自の奏法を磨きました。

もう少し“被害者の会”の話を続けましょう。

トロンボーンのジミー・ネッパーの場合は、もはや結構な事件です。

リハーサルで親分の怒りを買い、前歯を折られてしまったのです。

管楽器奏者にとって前歯が折れるというのは深刻な事態ですが、
より高いレベルを追求する親分にとってそんな事は関係のない話でした。

テナー・サックスを吹いていたダニー・リッチモンドの悲劇は、ある意味面白話とも言えます。

いいドラマーを探しているというミンガスに、
「心当たりを探しておきますよ」と応じた後、さり気なく自分を売り込みます。

「ところでテナー・サックス奏者はいりませんか?僕のような…」

ミンガスは少しイライラして、
「俺はドラマーが欲しいんだ。サックスは間に合っているんだ!」
「すみません」
「そうだ、いい手がある。お前ドラムやれ!」
「えっ?そんなこと突然言われても…僕はサックスプレイヤーなんですよ」
「吹きながらドラムも叩きゃいいだろうが」
「それは無理ですよ」
「わかったな、お前はこれからド・ラ・ム。
明日から最高のドラマーのレッスンをつけてやる」

なんと親分の一言で、演奏する楽器がまるっきり変わってしまったのです。

そして、翌日リッチモンドの前に現れたのは、なんとあのマックス・ローチでした。

ところがこのリッチモンドも、そして前歯を治したネッパーも、
ミンガスが58歳で亡くなるまでその後何度も共演しているのをみると、
なんとなく“任侠”の世界と同じ匂いを感じてしまうのは私だけでしょうか。

音楽に妥協を許さない厳しい姿勢は、大物を相手にしても貫かれます。
盟友マックス・ローチと共に、尊敬するデューク・エリントンとセッションしたときには、
いきなりフリーっぽい演奏を始めて、ローチと二人でケンカを売ったのです。
しかも、直前までローチと殴り合いのリアルなケンカをしていたにもかかわらずです。

しかし、この緊張感溢れるアルバム『マネー・ジャングル』で世間を驚かせたのはエリントンの方でした。
なんと売られたケンカを完璧に受けて立ち、二人をねじ伏せんばかりの迫力で応じたのですから。

ゴキゲンなビッグバンドジャズだけでなく、アバンギャルドもOKという音楽性の幅広さ。
そして、ミンガスとローチの二人をなだめて、スタジオに連れ戻すという人間性の奥深さ。
改めてエリントンがいかに偉大かを思い知らされる出来事でした。

妥協を許さない姿勢はコンサートでも変わりません。
1953年5月15日、大入り満員になるはずだったトロントのマッセイ・ホールには、予想に反して閑古鳥が鳴いていました。

ビ・バップの巨人を集めると銘打って招聘されたメンバーは、チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、
ディジー・ガレスピー(トランペット)、バド・パウエル(ピアノ)、マックス・ローチ(ドラムス)、
そしてベースは我らが親分チャールズ・ミンガス。

ジャズファンなら、名前を聞いただけでワクワクする顔ぶれです。

ところが、この頃すでにビ・バップのブームには翳りが見えていました。

他に招聘を予定されていたトロンボーンのJ.J.ジョンソンは消息不明。

ディジー・ガレスピーは「歴史に記録されることには興味がない。俺はパンが欲しい」と公言して憚らず、
その道化師精神丸出しのウケ狙い演奏は、ミュージシャンというより“芸人”という肩書きの方がぴったりでした。

この頃、酔っ払ってステージに上がることの多かった麻薬漬けのチャーリー・パーカーは、サックスを質屋に入れたためか手ぶらでトロントにやってきます。
そのため、この日手にしていたのは、地元の楽器店から借りたプラスチック製のアルト・サックスでした。

バド・パウエルは精神病院を退院後初めてのコンサートだっため、看護人の付き添いでステージに上がりました。
要するに、なんとも悲惨な状況だったわけです。

しかしこの日、2400名収容のホールにわずか700名しか客が入らなかった理由は他にありました。

当夜、ロッキー・マルシアノ対ジャーシー・ジョー・ウォルコットの
世界ヘビー級タイトルマッチがテレビ中継されていたからです。

そんなことで?と思わないで下さい。

なにせ、出演しているガレスピーでさえ試合の経過が気になって、
ステージと楽屋を頻繁に往復しながら演奏していたくらいですから。

発売されたレコードから聞こえてくる熱狂的な拍手は、実は編集によって後からかぶせられたものです。

ところが、拍手の他にもう一つ捏造されたものがあります。

ベースの演奏です。
なんとミンガスは、ガレスピーのあまりのおどけぶりに腹を立て、途中でステージを降りて帰ってしまったのです。

しかし、そんなことを差し引いても、素晴らしい演奏が繰り広げられているのには「さすが!」というしかありません。

ミンガスが怒るのは、理想と違うと感じた時です。

彼の怒りは音楽だけでなく、ミュージシャンの待遇にも向けられました。

ニューポート・ジャズ・フェスティバルのプロデューサー、ジョージ・ウェインと大喧嘩をしたのは、
ウェインがギャラを搾取すること甚だしかったからです。

彼の“銭ゲバ”ぶりを物語るエピソードがあります。

出演依頼を受けて、日本から参加したあるミュージシャンには一切ギャラが支払われなかったばかりか、飛行機代等の費用もすべてミュージシャン持ちだったのです。

この時代にはよくある話でした。
多くのミュージシャンが仕方ないと諦める中、ミンガスはその常識に真っ向から反発しました。

1960年、ついにニューポート・ジャズ・フェスティバルの会場の目と鼻の先で、
「反ニューポート・ジャズ・フェス」を開いたのです。

これこそミンガスの“反骨”の真骨頂です。

しかし、意外にも彼の内面は実にナイーブなものでした。

「つまり俺は三人なんだ。
一番目の奴はいつも中心にいる。
頓着せず、動じず、見まもり。
あとの二人に視たことを打ち明けられるまで待っている」

『敗け犬の下で』というタイトルの、チャールズ・ミンガスの長い長い自伝の書き出しです。

彼によれば、二番目は襲われる恐怖から攻撃に出る野獣のような男だそうです。

私が意外に思うのは、三番目のミンガスです。

それは、「愛し過ぎてしまうやさしい人間で、自分の存在の内奥の聖域にまで他人を入れてしまったり、

相手を信じ込んでろくに読みもせずに契約書に署名したり、口車に乗せられてただ働きをしたり…。
最後には自分もひっくるめてすべてを打ち壊したくなるけれど、
それはできっこないので自分の中にひき籠もってしまう人間だ」と言うのです。

“武闘派”と言われたミンガスの心の中で、三人のミンガスが激しくせめぎ合っていたとは…。

殴られても蹴られても子分たちがミンガスに惹かれ、そして慕い続けた理由は、
どうやら三番目の男にありそうです。

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